よし、聞けよ。
104サイクルToshだ。
元競輪選手として、ラスト1周でメンタルが試されることを骨身に染みて知ってる男だ。
パナソニックの話、聞いてくれ。
80〜90年代、Peter Post率いる強豪チームとしてパリ〜ルーベを3回制覇し、北の地獄をぶち破ってきたあの青と白のジャージ。

でも、知ってるか?
パナソニックが自社フレームをチームに供給しようとしたとき、最初は完全に門前払いだったんだよ。
1984年にチームが結成されたときから、パナソニックはメインスポンサーとして大金を注ぎ込んでいた。
でも、フレームはRaleigh、Merckx、Colnago......全部欧州の伝統ブランド。
パナソニックが「うちのフレームを使え」と何度オファーしても、
「日本製フレーム? 安物だろ。どうせすぐ壊れて信頼できない」
という偏見の壁が厚すぎて、話し合いのテーブルにすら上がらなかった。
当時の欧州プロ界はそんな時代だった。
石畳のクラシックやツール・ド・フランスで命を懸けるトップライダーやメカニックにとって、「日本製=量産品のイメージ」が強すぎた。
「速いマシンは欧州製でなきゃ」って、プライドと伝統が邪魔して、一切相手にされなかった。
普通ならここで諦めるよな。
スポンサーとして金だけ出して、機材は欧州ブランドに任せておけば楽だ。
でも、パナソニックは一歩も引かなかった。
資金を提供し続け、チームを強くし、実績を積み重ね、信頼を勝ち取っていった。
そして1990年、ついにパナソニック・スポーツライフとして自社フレームが導入された。
その年、何が起きたか?
パリ〜ルーベでEddy Planckaertが優勝。
Steve Bauerとのフィニッシュはセンチ単位の写真判定。
プランカートがわずかに先行し、チームメイトのWampersが5位に入るなど、上位を独占。
「日本製フレームなんか…」
と言っていた連中を、北の地獄で黙らせた。
さらに1992年にはツール・ド・フランス最終ステージ、パリ・シャンゼリゼでOlaf Ludwigが勝利。
パリシャンゼリゼでラストスプリントを決めた瞬間、パナソニックのフレームが欧州のトップステージで勝ち切った証明になった。

これがパナソニックの姿勢だ。
「使ってくれないなら、実績で証明する。」
あきらめない。
情熱を燃やし続け、行動で壁をぶち破る。
104サイクルがPOSフルオーダーを推している理由は、まさにここにある。
POSは、ただの日本製フレームじゃない。
あの時代に欧州の偏見に立ち向かい、北の地獄を制した精神と技術が詰まった一台だ。
クロモリフレームのしなやかさと剛性、チタンの疲労耐性と爆発的なレスポンス。
ミリ単位のオーダー、ジオメトリーの細かい調整。
全部、お前の体とお前の夢に合わせて作る。
お前が今「いいバイク欲しいな」と思ってるなら、
「いつかルーベみたいなレースを走りたい」と思ってるなら、
パナソニックのように一歩も引くな。
行動しろ。
POSをオーダーして、自分のマシンで北の地獄を味わえ。
ベロドロームで脚を振り絞ったとき、お前は確実に強くなってる。
パナソニックはあきらめなかった。
お前もあきらめるな。
夢は待ってくれない。
お前が動くのを待ってるだけだ。
104サイクルTOSHI
(本気でPOSをオーダーしたい奴は今すぐ連絡しろ)