私の弟子たちをブログで紹介する前に、私自身の思いをまとめておきます。私が初めて弟子を取ったのは2005年頃のこと。当時は現役S級選手として、「レースで死んでもいい」と思うくらい必死に突き詰めて走っていました。
私の弟子たちをブログで紹介する前に、私自身の思いをまとめておきます。
私が初めて弟子を取ったのは2005年頃のこと。当時は現役S級選手として、「レースで死んでもいい」と思うくらい必死に突き詰めて走っていました。毎日が命がけの勝負で、自分一人のことで精一杯。そんな時期に、人の面倒を見られるのか、正直不安でした。それでも、山田隼司(一番弟子)が試験に一発合格してくれたとき、心からホッとしたのを覚えています。あの合格が、私の「育成」という道を本気で歩み始めるきっかけになりました。
二人目の橋本英也については、正直に言うと何も指導らしい指導はしていません笑。彼はすでに自転車競技のトップレベルで鍛えられた逸材で、私の役割は「競輪という選択肢を軽く提示しただけ」でした。でも、彼の将来が楽しみで、師弟関係を引き受けました。あの出会いが、彼の「競輪とトラックの両立」という道を拓く一歩になったなら、それで十分です。三人目以降の尾方祐仁、岩井芯、そして息子の児玉東次郎については、選手としての晩年期に「人を残したい」という強い思いで取り組んだ時期です。
当時はお店の運営、スフィダーレクリットとの仕事、育成、そして自分のレースと、すべてが重なって本当に大変でした。体力的にも精神的にも限界ギリギリの日々でしたが、それでも弟子たちと向き合った時間は、私にとってかけがえのないものでした。今、こうして振り返ってみると、現在の競輪界はレベルが非常に高い。
そんな中で、私の弟子たちはすぐにS級で活躍してくれています。山田は安定したA級、橋本は両立しながら、尾方はS級2班、岩井芯は特別昇班でS級2班として爆発的な勝率を残し、東次郎も養成所で着実に成長中です。この結果を見ると、私の育成方法——自転車は高校生からで十分、基礎は他のスポーツで固めろ、土台を焦らず作れ、という哲学——は間違っていなかったのだと、確信が持てます。これらの弟子たちは、私の競輪人生の集大成であり、岐阜の競輪界に残した遺産です。104cycleに来てくれる若者たちにも、同じように「本物の強さ」を伝えていきたいと思っています。