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最近、色々叱るのも面倒くさくなってきた件

最近、色々叱るのも面倒くさくなってきた件

児玉利文|

最近さ、世の中が優しくなったよね、とみんな言う。


俺もそう思うよ。怒っちゃいけない空気、注意しちゃいけない空気、ちょっと強めに言ったら「それ、ハラスメント?」みたいな空気が、確かに漂っている。俺も51歳で、たまに若い子を指導する立場にいると、妙に思うんだ。
「優しさ」が度を過ぎると、逆に可哀想な子を増やしているんじゃないかって。
18歳から25歳くらいの間で、もう差がハッキリ出てる。
こっちが本気で「ここはこうしないとダメだよ」と言うと、
すぐに飲み込んで、ちょっとずつ変わっていく子と、
目が泳いで「はあ……」と返事だけして、そのまま何も変わらない子。
前者は、だいたい家でちゃんと「ダメなことはダメ」と言われて育ってる感じがする。
後者は、親が「かわいそう」「傷ついちゃうから」と守り続けた結果、他人の本気の言葉に耐えられない体質になってしまった感じがする。
俺は別に、昔の鬼軍曹みたいな怒り方を推奨してるわけじゃない。
ただ、本気でその子のことを思うなら、時にはちゃんと叱らないと、って思うんだよね。
やんわり「まあそんなこともあるよね」で流すのは楽だけど、それは結局、その子から「成長する機会」を奪ってるだけのような気がして。
でもさ、最近はもう正直、諦めモードに入りつつある。
無理そうな子には、最低限のラインだけ伝えて、あとは「まあ本人が気づくのを待つか」と。
エネルギー有限だからね。伸びる子に時間を割いた方が、結果的にみんなのためになる気もする。
可哀想だとは思うんだ。
本当はもっと早く、親や周りが「甘え」と「優しさ」の線引きをちゃんと教えてあげてれば、変われたかもしれないのに。
でももう25歳近くになると、こっちがどれだけ熱く語っても、響く子と響かない子の差は歴然で、どうにもならないことも多い。
世の中が「寛容」って言葉を美化しすぎてるせいか、
「本気で叱る」という行為自体が、なんか古臭くて野蛮なことみたいに扱われてる。
でも俺は思うんだ。
本気で怒れる関係って、実は結構愛情が深いんじゃないかって。俺的に言うなら、優しさにも「安い優しさ」と「ちょっと高い優しさ」がある気がする。
安い方は、その場が丸く収まる優しさ。
高い方は、将来その子が困らないための、ちょっと痛い優しさ。
最近は安い優しさばかりが流通していて、
高い優しさを渡す勇気を持ってる大人が減ってるようなんだよね。


……まあ、俺ももう51だ。
全部の若者を救おうなんて、柄じゃないってわかってるけどさ。
それでも、時々は本気で叱っちゃうかもしれない。
その時に睨まれたって、「後でありがとうって言ってくれりゃいいや」くらいの気持ちで。
そんな感じで、今日もぼちぼちやっています。

じゃあなまた明日。

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